株高とインフレの裏で起きている「お金の沈殿」と現代経済の歪みについて、ゆるっと考えた。
昨今の株式市場の活況や新NISAをはじめとする投資ブームの裏で、
私たちはある「大きな矛盾」に直面しているように感じます。
一見すると豊かな社会へ向かっているようにも思えるこの現象について、
マクロ経済の構造から「実体経済への影響」まで、いくつかの視点をシンプルにまとめてみます。
1. お金は本当に回っているのか?「株式市場への沈殿」
「投資をすればお金が社会を回り、経済が活性化する」という説明をよく耳にします。
しかし現実には、
私たちが日々取引している株の多くはすでに発行された「中古の株」であり、
その購入資金が企業の直接的な事業資金や労働者の給料になるわけではないという側面があります。
さらに、
将来のインフレや生活不安に備えて「一度買った株は売らずに長期保有する」というスタイルが定着すると、
本来なら日々の消費(買い物やサービス)に使われるはずだったお金が、
金融市場という巨大なプールの中に長期間ロックされてしまう可能性が考えられます。
物々交換の道具として生まれたはずのお金が、
金融市場の中で「数字を増やすための目的」へと変質し、
現実の消費世界から離れていっているのではないか?という懸念です。
2. 「自社株買い」がもたらす流動性の停滞
企業が稼いだ現金の使い道についても、議論の余地があるように思います。
時価総額の高い巨大企業であっても、
その現金を新しい工場や技術、あるいは下請け企業への適正な支払いに回すのではなく、
自社の株価を吊り上げるための「自社株買い」や「配当」に優先して配分する傾向が強まっているとされています。
この仕組みの中では、
お金が実体経済へ降りてくる手前でストップし、
一部の投資家や富裕層の間だけでループして滞留してしまう構造が生まれているのではないか?と感じます。
3. 「物価上昇2%」と「株価上昇10%」がもたらす死活問題
経済学の世界では、歴史的に「労働(経済成長)のスピード」よりも「資本(株や資産の値上がり)のスピード」のほうが圧倒的に速いという法則(いわゆるピケティの『r > g』)が指摘されています。
仮に、物価上昇が国の目標通り「年2%」で進む一方で、
株価がそれを遥かに超える「年10%」といったスピードで上昇し続けた場合、
以下のような二極化が自動的に進行する可能性があります。
【投資のスキームに乗れている層】
物価上昇の被害を上回るスピードで資産が増え、インフレの恩恵を受ける。
【貯金のみ、または投資に回す余力がない層】
額面の給料が変わらなければ、
毎年2%ずつ「お金の価値が目減り(実質的な増税)」し、生活が苦しくなっていく。
これは、単なる投資の成否ではなく、
気づいているか・参加できているかによって人生の難易度が大きく変わってしまう「死活問題」になり得ると感じます。
4. 最低賃金引き上げと「社会保険料の壁」
国もこのリスクを認識してか、
近年は最低賃金を年3%〜6%といった過去最高水準のペースで引き上げています。
しかし、多くの生活者がその恩恵を実感しにくい背景には、
日本の社会保障制度の仕組みが関係しているのかもしれません。
給料(額面)が増えると、連動して健康保険や厚生年金などの「社会保険料」や税金のランクも自動的に上がってしまいます。
そのため、
増えた分の多くが実質的に国に回収(相殺)され、
手元に残る「手取り(自由に動かせるお金)」がほとんど増えないという状態が指摘されています。
さらに、
パートやアルバイトの方にとっては「年収の壁」を意識するあまり、
時報が上がった分だけ逆に働く時間を減らさざるを得ないという、
本末転倒な現象も起きています。
まとめ:この経済は正常なのか、異常なのか
株主の利益や時価総額の最大化を最優先する「現代の金融資本主義のルール」から見れば、
現在の株高や資産の集中は、システム通りに作動している「正常」な状態と言えるのかもしれません。
しかし、私たちが生きる「日々の生活や消費(実体経済)」の視点から見ると、
お金の巡りが悪くなり、
真面目に働く人ほどインフレと社会保険料で削られていくという、
明らかに「歪んだ」状態に見えるのもまた事実です。
私たちは、物々交換の道具としてのお金の本質をもう一度見つめ直し、
この不条理とも言えるシステムの中でどう身を守っていくべきなのか、
一人ひとりが深く考える局面に立たされているのではないでしょうか。
おわりに。
ここまで現代経済の歪みについて考えてきましたが、
とはいえ、
「一人の個人にできることは何もない」というのが残酷な現実なのかもしれません。
結果として、自分の資産を守るためには、
この矛盾を孕んだ株式市場の波に乗っかるしか選択肢がない状態です。
これ自体がまた、さらなる格差拡大へ加担しているような矛盾や葛藤を感じつつも、
自己保身のためには仕方のない選択のようにも思えます。
正解が見えないこの経済の中で、私たちはどのように舵取りをしていくべきなのでしょうか。